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取材日記 アーカイブ

2008年02月12日

鉄道博物館に行こう!  鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的(1)

鉄道博物館

こんにちは TTT STAFF の rana です。 その昔、人々はどのように鉄道を利用し、旅を楽しんでいたのでしょうか? 今から約140年前、日本ではじめて新橋から横浜まで鉄道が開業してからの歴史をふりかえりながら鉄道博物館より、人々の旅のスタイルと目的を探ってみましょう。

1872年(明治5年)日本が初めて出会った鉄道の旅

学制の発布
学制が定められ、全国で小学校がつくられるようになりました。(義務教育の開始)


1873年
徴兵制の布告

地租改正条例の公布

西郷隆盛が征韓論を主張

1877年
西南戦争 西郷隆盛が挙兵したが失敗。


1889年
大日本帝国憲法が公布される。


東海道線が全線開通する。


1890年
第1回衆議院議員選挙が行われる。


1894年
日清戦争が起こる(~1895)。


1895年
日清戦争が終わり、下関講和条約が結ばれる。


1904年
日露戦争が始まる(~1905)。


1905年
ポーツマス条約の締結。


夏目漱石が「吾輩は猫である」を発表。


1910年
韓国を併合する。

1872年(明治5)年、日本で初めて鉄道が新橋から横浜間に開業しました。

新橋と横浜の間は、それまで徒歩で半日かかったものが、わずか53分で行けるようになりました。


150形式蒸気機関車・車号150(1871年製造)鉄道記念物・重要文化財。英国から輸入された日本初の蒸気機関車。
日本で最初の機関車


明治期の客車(模造)。明治期の3等客車を模して作られた実物大展示用車両。
明治期の客車


座席区画ごとに扉をつけたイギリス型の区分室です。夜間の室内照明は油灯を使用しました。
客車の中の様子


ほとんどの人が着物を着るなど江戸時代の風俗が残っていました。


ブレーキは未装備
機関車の中の様子

東京佳景の内新橋発車之図
東京佳景の内新橋発車之図


開業式当日の新橋駅
開業式当日の新橋駅


横浜海岸鉄道蒸気車図
横浜海岸鉄道蒸気車図


新橋鉄道局、日本人機関士のはじめ
新橋鉄道局、日本人機関士のはじめ

「どんな人が乗っていたのかな?」明治時代初期、鉄道はおもにお金持ちや役人・商人が利用する高価な交通機関でした。乗客には生糸の取引などの商売をしていた人が多く、生糸は横浜港から世界へ輸出されました。

取材協力:鉄道博物館

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2008年02月14日

鉄道博物館に行こう! 鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的(2)

鉄道博物館

1912年(大正時代)鉄道は市民の交通機関へ

1914年
第一次世界大戦が始まり、日本も参加する(~1918)。


このころ世界大戦の影響で好景気になる。


1919年
ベルサイユ条約の調印
西園寺公望らが全権となり第一次世界大戦の講和を結ぶ。


戦後の経済恐慌が起こる。


1920年
国際連盟に加入し、常任理事国になる。


1921年
四か国条約の成立
ワシントン会議で締結。


1923年
関東大震災がおこる。


1925年
普通選挙法が成立。

治安維持法が定められる。

ラジオ放送が始まる。


1926年
川端康成が「伊豆の踊り子」を著す。

明治初期はハイクラスの人々の交通機関でしたが、やがて一般大衆の交通機関へと広く利用されるようになっていきました。


国産最古のボギー台車式大型電車。東京地区で使用されました。
通勤の様子


多くの人が乗車できる様に車体はより長く作られるようになり、つり革や網棚が装備されました。また、中央線に婦人専用車両が登場しました。


1912年1月31日中央線電車に婦人専用車連結。
中央線婦人専用車両


東京から日本海側へ抜ける信越線には、急勾配の難所である碓氷峠があり、トンネルが多いため蒸気機関車の煙で苦労が絶えませんでした。そこで電化して電気機関車が利用されました。

「ナデ6110形式電車 車号ナデ6141」(1914年製造)鉄道記念物
大正時代の通勤電車


つり革や棚ができました。ボックス席の2人掛けは少し小さめです。
車内の様子


「ED40形式電気機関車 車号ED4010」(1921年製造)準鉄道記念物。初の国産電気機関車で、信越本線横川~軽井沢間のアプト式区間で使用された。
国産初の電気機関車

有名な駅弁「峠の釜飯」はどうやって誕生したのかな?碓氷峠では峠の手前にある横川駅で、特別な機関車に付けかえるため、比較的長い停車時間がありました。この停車時間を利用して、味や容器と売り方にも工夫し、人気が出たのが「峠の釜飯」です。

取材協力:鉄道博物館

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2008年02月15日

鉄道博物館に行こう! 鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的(3)

鉄道博物館

1926年(昭和時代)東京からパリへ 外交官の旅

1929年
世界恐慌
アメリカの不景気が世界に広がり、世界的に大不景気になる。


1931年
満州事変が起こる。


1932年
五・一五事件が起こる。


1936年
二・二六事件が起こる。


1937年
日中戦争
蘆溝橋事件をきっかけに戦争開始。


1939年
第二次世界大戦が始まる。


1940年
日独伊三国軍事同盟が結ばれる。


1941年
太平洋戦争が起こる。


1945年
広島・長崎に原爆が落とされ、日本が降伏した。

ポツダム宣言を受け入れ、連合国に無条件降伏する。


1946年
天皇が年頭詔書で人間宣言をする。

日本国憲法が公布される。


1949年
湯川秀樹がノーベル賞を受賞。


1950年
朝鮮戦争が起こる。


1951年
サンフランシスコ平和条約を結ぶ。

第二次世界大戦前は、東京から下関まで鉄道、下関から朝鮮半島の釜山まで連絡船、そして釜山から列車を乗り継いでヨーロッパまで行くことができました。

「マイテ39形式客車 車号マイテ3911」(1930年製造)桃山様式の荘厳な内装を誇る。
当時の「富士」車内の様子

1930年9月15日東京から下関間特別急行列車第1・2列車を「富士」、第3・4列車を「桜」と命名(列車愛称名採用のはじめ)。
東海道本線の特急用一等展望客車。


東京からパリまではどれくらいで行けたのかな?当時の東京からパリまでは船で40日かかりましたが、この国際連絡列車では15日で行けるようになりました。料金は、大学新卒初任給1年分近くもあり、政府の要人や裕福な人がお客様でした。

山陽本線安芸中野駅付近で特急列車が脱線転覆する事故が起きました。(1926・大正15年9月)
その際、車体が木製であったために被害が大きくなったともいわれ、客車の安全性向上をめざして、1927・昭和2年に国鉄最初の半鉄客車が誕生しました。


トラベルフォトニュース昭和31年1月25日発行
当時の車内


粉雪舞う北国の旅路に、霜氷る夜汽車に、かかせないのは先ず暖房だ。この客車暖房については国鉄はいろいろ苦心している。今日のように蒸気機関車の走っていた区間が電化したり、ディーゼルカーが大幅に地方線区に登場してくると、その暖房の様式も多様になってきた。客車暖房を概観すると、地方線区に今もなお僅かに残っている通称「ダルマ」と称するストーブや、電車の電気ヒーターは別として、蒸気機関車の列車は勿論、電気機関車でも独立の暖房車をつけたり、電気機関車の中に軽油を燃料のSGI蒸気発生装置をもったりして、蒸気で客車を暖めているものが大部分である。だがディーゼルカーのエンヂンの排気ガスによるもの、今冬からデビューした軽油を燃料に、客車に熱気を循環させる熱気暖房装置などがある。(当時の記事より)
車内にはダルマストーブが設置されています。

列車の編成が長くなりスピードも向上すると、それまでの木製客車では車体の強度が不充分となり、鋼製化の研究がすすめられました。1926(大正15)年9月、山陽本線安芸中野駅付近で特急列車が脱線転覆する事故がおきました。その際、車体が木製であったために被害がおおきくなったともいわれ、鋼製の客車を導入するきっかけとなりました。オハ31形式は国鉄最初の半鋼製客車として1927(昭和2)年に登場。車体長や二重屋根構造などは、それまでの木製客車のスタイルを引き継いでいますが、車体の強度は大きく向上し、安全性は飛躍的に高まりました。
山陽本線の特急列車事故


「オハ31形式客車 車号オハ3126」(1927年製造)初の鋼製客車として製造された標準的な17m級客車。内装は木造。
「半鉄製車体」の車内は木製。

取材協力:鉄道博物館

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2008年02月18日

鉄道博物館に行こう! 鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的(4)

鉄道博物館

1958年(昭和33年)走るホテル「あさかぜ」 旅行客やサラリーマンの出張に

1956年
日ソ共同宣言
ソビエト連邦と国交を回復し国際連合に加盟する。


1964年
東海道新幹線が開通する。


東京オリンピックが開催される。


1965年
日韓基本条約
大韓民国と国交回復する。


朝永振一郎がノーベル物理学賞を受賞。


1968年
小笠原諸島が日本に復帰する。


川端康成がノーベル文学賞を受賞。


1970年
日本万国博覧会が開催される。


1972年
沖縄諸島が日本に復帰する。


日中共同声明
台湾の中華民国にかえて中華人民共和国政府を承認し、国交が回復した。


1973年
石油危機(オイルショック)がおきる。


1978年
日中平和友好条約を結ぶ。


1986年
男女雇用機会均等法の施行。


1989年
日米構造協議

冷暖房を完備し、揺れや騒音も少ないブルートレイン寝台特急「あさかぜ」は、高度成長の初期、日中の移動時間を有効に使えることから、大勢の旅行客やビジネス客に利用されました。

航空機による移動が一般的でなかったころは、東京から九州への移動は多くの人が鉄道を利用していました。戦後はしばらくして、長距離列車には3等寝台車が復活しましたが、まだ冷房は特別な車両に限られていました。1958(昭和33)年に登場した20系客車は、それまでの客車とはちがう、二重窓をそなえた静かな冷暖房完備の車内、空気バネ台車による快適な乗り心地で、「走るホテル」といわれ大好評を博します。専用の電源車をはじめて連結し、寝台車を主体として電化設備が整った固定編成の列車は、その青色の車体色からのちに「ブルートレイン」と呼ばれ、以後の寝台特急客車の基礎を築きました。
当時の車内の様子

「ナハネフ22形式客車 車号ナハネフ22-1」(1964年製造)国鉄初の固定編成寝台特急用客車。空気バネ台車や防音2重窓を採用。
寝台特急列車用客車あさかぜ


多くのモーレツ社員(60年代の高度経済成長時代、出世の為に家族や自分の生活を犠牲にして仕事に全てを掛けてきたサラリーマン)が福岡から東京への出張に利用していました。各ベットはカーテンがついていて、中央には落ちないようにベルトが縦にあります。浴衣や枕もあり、室内灯で本を読んだりすることができました。
寝台特急列車用客車あさかぜの車内の様子



どうして「走るホテル」と呼ばれたのかな?一般家庭にクーラーが普及していない時代に、全車冷暖房の効く列車は快適だったため「走るホテル」と呼ばれ大好評でした。現代っ子のご両親や祖父母には利用された方がいらっしゃると思います。

東京などの大都市と地方都市を結ぶ特急網が整備され、各地への旅行がますます便利になっていきました。
夏休みに子供連れで帰省した人が東京へ戻るときにも特急列車が使われました。

車内販売ではネット入りミカンやお茶(ペットボトルは当時ありませんでした)やお弁当などが販売されました。
車内販売の様子

1964昭和39年、東海道新幹線東京から新大阪間が開業しました。その後の新幹線網の拡大と日本の経済成長は、私たちの旅のスタイルを変えていき、グループや家族そろって旅をすることも増えました。

カードゲームで遊んでいる様子は今と変わらないところがあります。
当時の車内の様子

「クハ181形式電車 車号クハ181-45」(1965年製造)国鉄初の特急電車151系を基に、勾配線区のために主電動機を強化。上越線で使用。
ふるさと新潟から東京へ向かう親子の旅・特急列車


「222形式新幹線電車 車号222-35」(1980年製造)東北・上越新幹線用に新製された200系の先頭車。
新幹線


このように日本人の経済が発展し、新幹線の開業やオリンピックがあったころをバブル経済の時代と呼んでいます。


取材協力:鉄道博物館

鉄道博物館に行こう!鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的 1 > 2 > 3 > 4 > 5

2008年02月21日

鉄道博物館に行こう! 鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的(5)

鉄道博物館

いろいろなたくさんの列車があってとっても楽しかったな♪鉄道博物館には35両の実物の車両があるので、ぜひお気に入りの車両を見つけてみてください♪

鉄道博物館内写真

電車の中に入れたりして、まるでその時代にタイムスリップしたみたいだったよ!当時の人々のスタイルを再現して見せたり、当時の貴重な資料や風景写真が展示されています。時代と共に鉄道があり、旅の目的やスタイルが変わっている様子が体験できます。

鉄道博物館内写真

電車はどんどん楽しく便利になっていてびっくりでした!鉄道はより楽しい旅となりますよう、さらに便利で安全そして地球にやさしい交通機関を目指しています!

館内はとっても広かったな~違うゾーンも見てみたい!実際の鉄道の運転を精密に再現したシュミレーターやミニ運転列車、日本最大の模型鉄道ジオラマなどまだまだたくさんあります!また行きましょう!

とってもたのしかったね♪ぜひまた来ましょう♪


取材協力 :鉄道博物館

所在地
埼玉県さいたま市大宮区大成町3-47

開館時間
10:00~18:00(入館は17:30まで)

休館日
毎週火曜日

入館料
一般:1,000円/小中高生:500円/幼児:200円

アクセス
JR大宮駅より埼玉新都市交通ニューシャトルで「鉄道博物館」駅下車すぐ。




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