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鉄道博物館に行こう! 鉄道からわかるその当時の旅のスタイルと目的(2)

鉄道博物館

1912年(大正時代)鉄道は市民の交通機関へ

1914年
第一次世界大戦が始まり、日本も参加する(~1918)。


このころ世界大戦の影響で好景気になる。


1919年
ベルサイユ条約の調印
西園寺公望らが全権となり第一次世界大戦の講和を結ぶ。


戦後の経済恐慌が起こる。


1920年
国際連盟に加入し、常任理事国になる。


1921年
四か国条約の成立
ワシントン会議で締結。


1923年
関東大震災がおこる。


1925年
普通選挙法が成立。

治安維持法が定められる。

ラジオ放送が始まる。


1926年
川端康成が「伊豆の踊り子」を著す。

明治初期はハイクラスの人々の交通機関でしたが、やがて一般大衆の交通機関へと広く利用されるようになっていきました。


国産最古のボギー台車式大型電車。東京地区で使用されました。
通勤の様子


多くの人が乗車できる様に車体はより長く作られるようになり、つり革や網棚が装備されました。また、中央線に婦人専用車両が登場しました。


1912年1月31日中央線電車に婦人専用車連結。
中央線婦人専用車両


東京から日本海側へ抜ける信越線には、急勾配の難所である碓氷峠があり、トンネルが多いため蒸気機関車の煙で苦労が絶えませんでした。そこで電化して電気機関車が利用されました。

「ナデ6110形式電車 車号ナデ6141」(1914年製造)鉄道記念物
大正時代の通勤電車


つり革や棚ができました。ボックス席の2人掛けは少し小さめです。
車内の様子


「ED40形式電気機関車 車号ED4010」(1921年製造)準鉄道記念物。初の国産電気機関車で、信越本線横川~軽井沢間のアプト式区間で使用された。
国産初の電気機関車

有名な駅弁「峠の釜飯」はどうやって誕生したのかな?碓氷峠では峠の手前にある横川駅で、特別な機関車に付けかえるため、比較的長い停車時間がありました。この停車時間を利用して、味や容器と売り方にも工夫し、人気が出たのが「峠の釜飯」です。

取材協力:鉄道博物館

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